この広場は1968年のプラハの春、1989年のビロード革命の舞台となった場所で、その折には自由・民主化を望む多くの人々がこの広場に集まってデモ、演説をしました。特に、1969年1月には、ソ連を中心とするワルシャワ条約機構軍が、プラハに侵攻したことに抗議してヤン・パラフという大学生がヴァーツラフ像の前で焼身自殺を図ったことでも知られています。
足元には、彼の死を悼むモニュメントがありました。
さて、ここからさほど遠くない所にドヴォルザーク記念館があります。
正面から
閑静な住宅街のこじんまりとした邸宅の中に、ドヴォルジャークのピアノ、ヴィオラ、手紙などが展示されています。
それから、路面電車に乗ってヴルタヴァ川のほとりのスメタナ記念館に向かいました。
ドヴォルジャークのと比べるとスメタナ記念館は規模が大きく、チェコでの彼の存在の大きさを実感できました。
指揮棒を振ると、スメタナの名曲がオーディオ・セットから流れるという仕組みの部屋。
やっと雨が上がりました。カレル橋と対岸のプラハ城がよく見えます。
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