2015年1月24日土曜日

ライプチヒへ①〜25年ぶりのヨーロッパ③

ミュンヘン到着翌日つまり2014年12月27日早朝、まだ夜明け前の朝7時に次女宅を出発して、ライプチヒに向かいました。中央駅7時54発のICE(ドイツ版新幹線)ニュルンベルク乗り換えライプチヒまで約5時間、楽しみにしていたドイツ鉄道の旅が始まります。ちなみにチケットはインターネットの早割で1人30ユーロ(普通に買うと97ユーロです)で予約し自宅でプリントして持って来ました。本当に便利な世の中です。
      
さて、時差ボケで疲れている上に、夜半からの雪が積もって歩きにくく、また次女が朝食用のサンドウィッチを作ってくれたりしている間に時間が過ぎて、中央駅には発車時刻ギリギリの到着となりました。
30年ぶりとなるドイツ国鉄ですが、ICE網が発達して昔のD Zug(急行列車)は無くなりました。また近郊列車はRegioという橙色の車両で、多くの場合2階建ての電車を見かけました。乗車して気がついたこと:昔の客車は個室がほとんどでしたが、今は日本と同じ2×2の特急車両のような座席が主流のようでした。ライプチヒまではネットで個室を予約しましたが、個室は各車両の両端に2部屋ずつで、主に赤ちゃん連れかペット持ち込みの乗客が利用するためのものとなったようです。現に我々の個室にも猫と赤ちゃん連れの方々が乗って来て、景色を見るどころか、ライプチヒに着くまで赤ちゃんのお相手をさせられました。それからICEにもIC(特急)にも食堂車は無く軽食を売るスタンドのみ、また今回乗車しませんでしたが夜行列車もかなり減ったようで、鉄道の近代化は日本と同じように進んでいるようです。昔が懐かしいのはドイツも日本も同じですね。
Regioと個室で出会ったネコちゃんです。

 

さて、IC路線図⇨こちらを見ると、リヒテンフェルスとザールフェルトの間で旧東西ドイツの国境を越えます。ドイツ再統一後初めてのドイツ旅行、しかも昔東ドイツ領だったライプチヒに行けるということで期待に胸が高鳴りました。しかし、再統一からもうすぐ25年、旧東ドイツの痕跡はどこにもありませんでした。

ライプチヒへ②に続く⇨こちら














2015年1月20日火曜日

ミュンヘン初日〜25年ぶりのヨーロッパ②


エティハド航空で23時間のフライトを十分堪能した後、現地時間12月26日午後1時前に無事にミュンヘン国際空港に降り立ちましたが、長旅の余韻に浸る間もなく日没までの数時間内に市内観光を済ませなければなりません。もし、次女の家に寄ってスーツケースを置いたら多分その日はそれで終わってしまう、それでとりあえずミュンヘン中央駅に行って荷物を預けることにしました。空港からSバーン(近郊電車)で約40分 、多くの旅行客で賑わうミュンヘン中央駅に到着。早速大き目のコインロッカーを探しました。大き目のロッカーが24時間5ユーロ、つまり約700円ですね。2つ借りました。

さて、次女の案内に従って、まずはSバーンで2駅ほどのマリエン広場を目指しました。この広場は1158年から市の中心であったそうですが、地図を見ても旧市街の中心であることが良く分かります。旧市街のほとんどはここから歩いて回ることができます。地上に上がると目の前に仕掛け時計で有名な新市庁舎が現れ、広場中央には黄金のマリア柱像が輝いています。すでにクリスマスマーケットは終了していましたが、まだクリスマスの人形を飾っているショーウインドーもありました。






 広場を挟んで市庁舎の向かい側にあるペーター教会では塔の上まで306段の階段を登ると、見事な眺望が広がります。二つの塔がある建物はフラウエン教会、また右手には先ほどの市庁舎が見え、この塔の高さが分かりますね。おまけにこの日は強風と積もった雪が滑ってとても怖い思いをしました。  






この広場でソーセージを食べました。1本4ユーロ(約600円)、昔は2マルク(160円)でしたが、何しろ30年前ですからね。





さて、ソーセージを食べながら、ミュンヘン国立歌劇場前を通ってレジデンツ(宮殿)通りをオデオン広場へ向かいます。
 





レジデンツの脇に鎮座する4匹のライオンが手に持つ紋章に触れると幸運が訪れるという言い伝えがあるため、多くの人が触れるその部分が光っています。









オデオン広場、大きな歴史的建造物が目を惹きます。将軍堂です。





その後、西方向へケーニヒ広場まで歩いて音大などを見学して、地下鉄でゼントリンガー門へ出て、左右にお店が並ぶゼントリンガー通りを歩いてマリエン広場へ戻って来ました。
 






途中にあるアザム教会、入り口は小さいのですが、壮麗な内装に感激しました。




約2時間、これで旧市街一周ですね。
仕上げはホフブロイハウスでドイツ料理とビールで乾杯!


シュバインハクセ(ローストした豚脚)と白ソーセージ、ビールは1リットルで8ユーロ、有名なオクトーバーフェストの時は10ユーロになるそうです。もう日本時間では午前2時、さすがに疲れています。しかし、やはりビールは美味い!








外に出るとすっかり夜になっていました。しかし、寒い中初日からよく歩きました。









2015年1月17日土曜日

成田からアブダビ経由ミュンヘンへ〜25年ぶりのヨーロッパ①

今回25年ぶりのヨーロッパ旅行、成田ミュンヘン往復はアブダビ経由、UAE(アラブ首長国連邦)国営のエティハド航空を利用しました。年末の成田空港は予想に反して旅行客はまばら、しかも成田発が定刻21:30なのでほぼ全ての発着が終わり、出発ロビーは静寂の中。市中の銀行よりレートが良いとの同僚の先生方のアドバイスに従って、ユーロへの両替は出発前に成田空港で行いましたが、それでも1ユーロ=150円で円安ユーロ高の影響をもろに受ける結果となりました。また、ちょっと驚いたことに第1ターミナルにある複数の両替所でレートが若干異なっていました。幸運なことに率の高い方で両替できましたが、自分の持ち金がいきなり3割強目減りしたようなものですね。
さて、いよいよ搭乗です。4発ジェットエンジンのエアバスA340-500、アラブの産油国の航空会社で最新機種、座席の間隔も広くサービスも良いというネットの評判でしたが、まあコストパフォーマンスは良いけれど、乗り心地とサービスはそこそこ普通といったところでしょうか。機内は世界各地へ向かう団体客などで、一席も空きがないような状態でした。
成田をほぼ定刻に離陸、浜松から北西に進路を取って日本海上空へ、韓国を横断して北京、内蒙古からチベット高原と一直線に広大な中国大陸を横切ります。それからヒマラヤを超えてパキスタンのイスラマバード、カラチ上空を経てアラビア湾に向 かいオマーン、そしてドバイの上を飛んでアブダビまで所要約12時間、日本とは時差が5時間あるので到着は現地時間の午前4時、飛んでも飛んでも夜といった感じの南回り航路のフライトでした。

           
  
    
                                                       


離陸後しばらくして、一回目の食事が配られます。エコノミーであっても和、洋、アラブの中から選択することができるのは嬉しく早速アラブ食をお願いしました。

食事がひと段落ついた頃、まばゆいばかりのソウルの街の灯が右手に見えました。映画を2本見て仮眠するともうパキスタン上空、相変わらず機外は闇の中です。到着1時間前に2目目の食事が出て、予定より約1時間早くアブダビ国際空港ターミナル3に到着です。









  次第に夜が明けるに連れて、いかにもアラビアらしい紺碧の青空が広がりました。広大な敷地に世界各地からアブダビに集まった珍しい航空機が駐機されています。現在のターミナルもかなり大きめですが、間もなく新ターミナルが開業するそうで、ドバイと中東のハブ空港を争うことになりそうです。








さて、ターミナル1へ徒歩で移動してミュンヘン行きのフライトまで4時間の待ち時間ですが、予定より1時間も早く飛行機の中へ案内されました。アブダビからはA330で約6時間のフライトです。成田からミュンヘンまでトータルで23時間、夜・朝・朝・昼の合計4回の食事をいただきました。






 アブダビを12月26日午前9時(日本時間14時)に離陸、すぐにアラビア湾の上の出て北西を目指します。機内のディスプレーにはバグダッド上空を通過する予定の航路図が表示されています。しかし、クウェートの手前で右に進路を変え、離陸後1時間ほどでイラン領内に入りました。やはり最短距離ではあってもイラク北部のイスラム国の上を飛行するリスクは避けるためだと思います。イランの内陸部にさしかかると予想通り乾燥した大地が広がっていましたが北上するにつれ遥か彼方に雪をかぶった山脈が見えるようになりました。




  イラン北西部が近付くと右手に大きな湖、ウルミエ湖が見えて来ます。
何となく輪郭がぼやけているように感じましたが、世界で第2番目に大きい規模の塩湖であるウルミエ湖は、流域の農業用水の過剰取水のため、ここ3年~5年ほどで枯渇が危惧されているそうです。ウルミエ湖を通り過ぎると飛行機は左に旋回して、トルコへ向かいます。





眩しい白銀の世界が続きますが、北の方向に富士山に似た特徴的な二つの峰からなるアララト山が現れました。
旧約聖書のノアの箱船が漂着した地として良く知られています。あの山の向こうは、もうアルメニア、また眼下にはトルコ東端の湖、ヴァン湖が見え天国のような景色が続きます。






子供の頃からアララト山とヴァン湖を一度は見てみたいと思っていたことが、このような形でかなったことに感激すると同時にトルコからイランへ鉄道で抜けてみたいという思いが一層強くなりました。その後、トルコの黒海沿岸に沿って西へ進み(対岸はウクライナですね)


ルーマニア、ハンガリーを通って午後12時45分に小雪の舞うミュンヘン国際空港に着陸しました。

2015年1月12日月曜日

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨年末から10日間ほど、25年ぶりにドイツへ行ってまいりました。
あまりの変わりように驚くばかり、しかし25年ぶりに親友の一人と合うことができ、また当時は共産圏の東ドイツに属していたライプチヒでバッハの墓に詣でたり、初めてのチェコ訪問、かつて住んでいたチューリッヒにも足を伸ばすなど、とても充実した休暇を過ごすことが出来ました。ライプチヒ・トーマス教会内のJ.S.バッハの墓です。

2014年11月9日日曜日

トムとミルク

早いもので、兄妹猫のトムとミルクが家に来て1年が経ちました。今ではすっかり大きくなって、家族の一員として生活しています。おだやかな性格なのでレッスンに来る生徒さんたちにも可愛がられています。

2014年11月3日月曜日

ツークシュピッツェ山

昨日、ミュンヘンに留学中の絢子先生から写真が送られてきました。ドイツ・バイエルンとオーストリア・チロルの国境にそびえるドイツ最高峰ツークシュピッツェ山(2,962m)です。ミュンヘンからアプト式登山鉄道などを利用して日帰り登山が楽しめるそうです。かつて少年時代のリヒャルト・シュトラウスがこの山に登った経験をもとにをアルプス交響曲を作曲したことがよく知られていますね。

2014年9月12日金曜日

入試結果、進路状況のご報告

大変遅くなりましたが、平成26年度入試結果・進路状況についてご報告させていただきます。

桐朋学園大学音楽学部 ピアノ専攻 1 名
国立音楽大学音楽学部 音楽情報専修1名
聖徳大学音楽学部 演奏学科ピアノコース1名
                                                  パイプオルガンコース1名
                                                  声楽・オペラコース1名
聖徳大学附属取手女子中学校 音楽コース1名

以上です。